植木屋二人来て

 植木屋二人来て病室の前に高き棚を作る。日おさへの役は糸瓜《へちま》殿夕顔殿に頼むつもり。 碧梧桐《へきごとう》来て謡曲二番|謡《うた》ひ去る。曰《いは》く清経《きよつね》曰く蟻通《ありどおし》。[#地から2字上げ](六月十二日)

 日本の牛は改良せねばならぬといふから日本牛の乳は悪いかといふと、少しも悪い事はない、ただ乳の分量が少いから不経済であるといふのだ。また牛肉は悪いかといふとこれも、牛肉は少しも悪い事はないのみならず神戸牛と来たら世界の牛の中で第一等の美味であるのだ、それをなぜ改良するかといふに今の日本牛では肉の分量が少いのに食物は割合に多く食ふからつまり不経済であるといふのだ。 西洋いちごよりは日本のいちごの方が甘味が多い、けれども日本のいちごは畑につくつて食卓に上すやうに仕組まれぬから遂に西洋種ばかり跋扈《ばっこ》するのだ。桜の実でも西洋のよりは日本の方が小いが甘味は多い、けれども日本では桜の実をつくつて売るといふものがないのでこの頃では西洋種の桜の実がそろそろ這入《はい》つて来た。 余の郷里四国などにても東京|種《だね》の大根を植ゑる者がある。もし味の上からいへば土地固有の大根の方が甘味が多いのであるけれど東京大根は二倍大の大きさがあるから経済的なのであらう。 何でも大きな者は大味で、小さな者は小味だ。うまみからいふと小い者の方が何でもうまい。余の郷里にはホゴ、メバルなどいふ四、五寸ばかりの雑魚《ざこ》を葛《くず》に串《つらぬ》いて売つて居る。さういふのを煮て食ふと実にうまい。しかし小骨が多くて肉が少くて、食ふのに骨の折れるやうなわけだから料理に使ふことも出来ず客に出すことも出来ぬ。 日本は島国だけに何もかも小さく出来て居る代りにいはゆる小味などいふうまみがある。詩文でも小品短篇が発達して居て絵画でも疎画《そが》略筆《りゃくひつ》が発達して居る。しかし今日のやうな世界一家といふ有様では不経済な事ばかりして居ては生存競争で負けてしまふから牛でも馬でもいちごでも桜んぼでも何でも彼でも輸入して来て、小い者を大きくし、不経済的な者を経済的にするのは大賛成であるが、それがために日本固有のうまみを全滅する事のないやうにしたいものだ。 それについて思ひ出すのは前年やかましかつた人種改良問題である。もし人種の改良が牛の改良のやうに出来る者とすれば幾年かの後に日本人は西洋人に負けぬやうな大きな体格となり力も強く病もなく一人で今の人の三人前も働くやうな経済的な人種になるであらう。しかしその時日本人固有の稟性《ひんせい》のうまみは存して居るであらうか、何だか覚束《おぼつか》ないやうにも思はれる。[#地から2字上げ](六月十三日)

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