初め余の新聞『小日本』に従事する

 中村|不折《ふせつ》君は来る二十九日を以て出発し西航の途に上らんとす。余は横浜の埠頭場《はとば》まで見送つてハンケチを振つて別《わかれ》を惜む事も出来ず、はた一人前五十銭位の西洋料理を食ひながら送別の意を表する訳にもゆかず、やむをえず紙上に悪口を述べて聊《いささ》かその行を壮にする事とせり。 余...

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先頃の『葯房漫艸《やくぼうまんそう》』

 先頃の『葯房漫艸《やくぼうまんそう》』に美の事を論じて独りぎめになつては困るといふやうな事を書いてあつたと思ふ。余の考では美の判断は二人ぎめでも三人ぎめでもない、やはり独りぎめより外はない、ただ独りぎめに善いのと悪いのといろいろある。[#地から2字上げ](六月十九日)

『俳星』に虚明《きょめい》...

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明治二十四年の学年試験

 明治二十四年の学年試験が始まつたが段々頭脳が悪くなつて堪《た》へられぬやうになつたから遂《つい》に試験を残して六月の末帰国した。九月には出京して残る試験を受けなくてはならぬので準備をしようと思ふても書生のむらがつて居るやかましい処ではとても出来さうもないから今度は国から特別養生費を支出してもらふて...

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